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とっても素敵な自分史~山村富美子さん~

  • 投稿日2017/07/17
  • カテゴリ[ お知らせ ]

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【人生を振り返る96歳の富美子先生です】

 今回、南風の入所者である山村富美子さん(96)が約1世紀を振り返る自分史を書き上げました。激動の人生がこの一冊に詰まっていました。本当に綺麗な文章で心が洗われるようでした。涙が出るほど、素敵な文章、そしてお人柄に感動し、ブログで紹介させて頂くこととなりました。本当にありがとうございます。

※プライベートな部分はカットし、できる限り原作に忠実にまとめさせて頂きました。

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 平成一六年に可美地区増楽の老人会に入り、会長が男性で副会長が私でした。毎月一回の例会を楽しみにして、お話・歌・楽器等コツコツやったものです。
 十月三十一日に可美地区町内運動会を予定していたのですが、三十一日が雨降りで十一月七日に延期されました。この日は『可美荘祭り』になっていました。運動会に出場する張り切ったメンバーが祭りの歌手や踊り手です。そこで騒ぎが始まり誰が運動会に出るか人選です。何とか動ける会員は少し若い方と私の二人きりでした。『運動会に出るか』『歌か踊りをするか』詰め寄られました。断り切れずに運動会の競技に出ることにしました。

 運動会の当日の朝、電話でメンバー二人で「元気で出来るだけやろうね。」と話したのです。競技はボール送りで一列に並んだメンバーの頭の上と股下をくぐらせるものです。私の前の会長さんは体格の良い立派な方です。両足を広げて頭・腰を前に倒し両手をかまえてボールの来るのを待っていました。後ろに下がった会長の腰が私の頭にぶつかって、そのままどれ程か吹っ飛びました。「痛い。」と言ったまま動けなくなりました。
 日曜当直病院の日赤病院に運ばれました。レントゲン撮影の結果は大腿骨頚部骨折。「八十四歳にもなって運動会に出るなんてもってのほか。」と医師からお叱りを受けました。他の人からも「いやなものはいやと何故はっきり言わぬ。」ときつく言われました。
 手術ではチタンで骨をつないだとのこと。チタンは生涯はずさずにこのまま次の世への土産と言うことでした。少しずつ動くことが出来るようになって、様々なリハビリもやっていただきました。十一月七日入院から十二月三十一日大晦日の退院まで約二ヵ月間。手術・静養・リハビリにとお世話になった主治医、看護婦長さん、看護師の皆さんに「お世話になりました。」と感謝でお別れしました。

 明けて平成十七年一月十四日、南風のデイサービスでお世話になることになりました。生まれた地倉松は十七年間も勤めさせていただいた新津小学校の地元ですのでお世話になった方など知り合いも多く、杖をついた毎日ですが懐かしいやら恥ずかしいやらで感無量でした。
 昔からの友人と一緒に過ごせる毎日になって、おしゃべりをしたり時には漫才じみた事をしたりして楽しい日々でした。手芸・折り紙・ぬり絵・俳句・絵手紙・ステンドグラス風なもの様々な習い事をさせていただき、手をつけたことのない物まで出来る様になりました。中でも手芸クラブでは作品がたくさん出来ました。タワシから始まり袋物・帽子・ベスト等々、今洗い場にある西瓜風のタワシを見ると懐かしくとても愛おしいです。
 イギリスからのバロン先生にクレパスの絵を指導していただきました。言葉は通じませんが体全身での熱心さに魅かれて、下手ながらも一生懸命に画きました。
 画いた絵を南区役所に展示して、バロン先生共々みんなで見に行きました。新聞社の取材があって色々と尋ねられましたが、恥ずかしくて何を話したのか覚えていません。参加者みんなバロン先生を中心にして記念写真を撮りました。その頃バロン先生は大阪で知り合われたご婦人と結婚されてイギリスに帰られました。今はきっとお幸せにお過ごしでいらっしゃると思います。

 デイサービスの日々の生活の中で色々とほほえましい状況を見ました。お互いに不自由な体を持ちながら、目の見えない人・耳の聞こえない人・手の利かない人・足の不自由な人同志支え合い気遣う様子は涙ぐましく心を打ちました。この様子を道徳教育にとらえ、年寄りと子供達との交流授業が出来たら...と強く考えたこともありました。
 それから南風の南側に第2デイサービスが出来てリハビリをやっていただけるので私は週一回火曜日に入れてもらいました。基礎的な身体の体操から自転車漕ぎ・全身のマッサージ・平行棒・段の上がり下がりと様々に一日を充分に活用して、心地よい身体で帰宅できました。
 暫くして今度は南風の西方に花菜風の入所施設ができて入所待ちの老人が大助かりだったと思います。南風の発展がとても嬉しかったです。

 平成二十三年六月に家庭の事情で私は家を離れ、西島町のケアハウスに一人移り住むことになりました。ここから南風デイと第2デイに通いました。遠方から朝晩の送り迎えでお世話になりました。
 たまたま平成二十四年五月の初めに身体の調子を崩して眩暈がひどくショートステイをお願いしたのです。その利用中の五月五日の夜、入居していた親友が亡くなりました。つらくてつらくて涙も言葉も出ませんでした。身内の別れもつらいですが親友との別れも悲しいです。心の内をお互いに話し合えた人がいなくなりました。でも、夢では会いました。声もそのまま聞こえてびっくりして眼が覚めました。「色々お世話になりました。」あの友人の口調で・・・。「私こそ様々にお世話になりました。ありがとう。」と手を合わせて声に出しました。
   
様々に 思い出残して 友は逝く

こんな夢も見ました。着物を着た友人が戦時中の衣料切符を持って「今から布地を買いに行ってくる。」と切符を見せて消えました。いつも身づくろいのきちんとした素敵な彼女らしい出現でした。きっと良い布地を求めていたことでしょう。

 平成二十四年十月八日から特別養護老人ホーム南風の「なずな」という部屋に入居し、お世話になることになりました。とても落ち着いてすごさせていただきます。感謝の毎日です。大勢の入居者がいらっしゃるので、私自身の反省材料になって良い人生修行をしています。今更ですが・・・。入居後、暫くは落ち着いた日々でしたが、悲しいことが続きがっくりいたしました。友人たちが次々と逝ってしまいました。生きていくというのは、こんなに辛い思いをするのです。

 平成二十八年九月より、毎週土曜日の九時から職員のご指導で習字のお稽古をさせていただきます。準備万端整って、五十何年振りの太筆、持ち方も忘れていました。ブルブル震える右手を「しっかりして」と叱りながら書きます。でも今こうして文字が習えることは幸せです。又、幸せがきてくれました。他のみなさんもとても頑張っています。

南風での行事の楽しみ
書道教室
 毎週水曜日の十時三十分から十一時三十分までギターと歌・フルート・キーボードをみっちりたのしませていただきます。出なくなった声を何とかして 微かでもだしたいと懸命です。でもさっぱり出ません。理事長さん本当にありがとうございます。心も身体も毎日毎日お忙しい中を・・・。お身体をどうぞ大切になさってください。

 カレンダー作り
 職員の皆さんが準備してくださるものをもとにテーブルの仲間とみんなで毎月のカレンダー作りをします。月々の行事にちなんだぬり絵を加えた日付けがとてもにぎわいます。一か月間、食事の度に眺めます。日の経つのは早いもので瞬く間の一か月です。みんな一人一人の力で毎月を楽しんでいます。

忘年会
 一年間お世話になった「なずな」での生活、感謝の思い出、嬉しかった思い出、様々な思い出に自分の誠がつくせたか、反省しながらご馳走をいただきました。来年も元気で過ごしたいです。

新年会(平成二十九年一月)
家族との初顔合わせで昨年のお礼と今年も又お世話をかけるお願いをしました。鯛の炊き込みご飯をいただきながら、家の話・身体の様子を聞きながら話しながら過ごして心和む一時でした。

豆まきの行事
節分の豆まきを賑やかに楽しくやっていただきます。豆ならぬ卵ボーロを力いっぱい投げつけて鬼を追い払います。鬼面をかぶった恐ろしいこわい鬼、新聞紙で作った太い金棒を振りまわして逃げまわっています。豆があたって痛いだろうと思いながらも力一杯投げます。
鬼の逃げ去った後はお菓子をまき、様々なお菓子を懸命に拾います。ナイロン袋に一杯。子供にかえって嬉しいです。鬼のいなくなった穏やかな部屋に戻ります。

雛祭り
灯りをつけましょボンボリに・・・テープの歌を聞きながら飾られたお雛様にお供えするケーキ作りをするのですが、実は私達のいただくケーキです。着物も着替えませんが優しい気分になって、みんなで和やかに祝います。

楽しい運動会
六月にデイサービス利用者・入居者合同の運動会があります。水戸黄門の曲に合わせて体操から始まり、出発進行、新幹線の発車です。脱線したり転覆したり大騒ぎ。やっと終点まで着きます。ボランティアの皆さんに助けていただいてパン喰い競争です。あんパン・ジャムパン・クリームパン選んでいるうちに先取りされる場面もほほえましいです。
紅白玉入れ・綱引きと大賑わいで勝負あり。毎年一回の運動会を楽しみにしています。

花火大会
夏の一夜、屋外で花火をいたします。
みんなが線香花火を持ってあちこちパチパチ、笑い声に交じって光ります。光や音が消えると、終わりは大きな花火がドーンとあがってお開き、拍手で終了します。
花火で思い出しました。平成二十五年の夏、花火大会の日が雨で中止になりました。残念でしたが、それから三~四日経って、なずなの男性職員と今は亡き友人と私富美子の三人で花火大会をしました。三人だけの『寂しい』花火大会が南風の玄関先でできました。

凧あげ祭り
凧あげ祭りの練りが南風に来てくれます。大勢のラッパ隊の演奏がきこえます。
楽しませてもらいます。

倉松地区の秋祭り
たくさんの提灯や祭り花を飾った屋台に大きな太鼓を乗せて倉松の屋台と大勢の若衆と子供連が練ってくれます。理事長さんや男性職員の打つ太鼓は迫力あって身体中に響き奮い立ちます。指や手の痛さが伝わってきます。肩車も立派、みんなワッショイワッショイ。一番盛り上がります。歳を忘れて若返るのです。伝統ある祭り、益々賑やかに出来ますようお祈りいたします。

敬老会
敬老の日を南風で祝っていただきます。記念品をいただき、勿体ないやらありがたいやらで胸が一杯になります。
世界には大変な立場にいられる大勢のお年寄りがいらっしゃると思われるのに、こうして皆さんに祝っていただけて幸せです。幼稚園児のみなさんが慰問してくれた時に、きれいな手作り小箱をいただきました。嬉しくて大切に部屋に飾ってあります。
みなさんに可愛がってもらえる年寄りになりたいと願っています。息子夫婦からも祝ってもらって勿体なく感謝しています。
 
思い出に残る人々
 介護の勉強をしている実習生
 介護福祉士育成の専門学校の実習生がここ南風にもよく来られます。
 実習生一人一人が、目指した目的に向かった真剣さを感じることが多いです。こんな婆の話を聴いて「ありがとう」と言ってくれます。婆のちょっとした動きにも機敏に動いてくれる様子をみて、実習で身に付けたことも実務に生かして立派な介護士さんになって欲しいと思いました。
 実習最期の日、本校の先生がわざわざ生徒と一緒に挨拶に見えました。力になれなくて恐縮しました。その時の実習生さん、今は立派な介護士さんになられて活躍していらっしゃると思います。


素敵な思い出(その一)
平成二十八年五月二十六日、計画・依頼とご苦労をかけて実現できた新津小学校訪問でした。勝手には入れない校内、代の移り変わりにびっくり。扉を開けていただき校長先生に案内していただきました。
運動場では校内体育会を前にしての低学年児童の体操・遊戯の練習を見せてもらい、五六十年前の事が昨日の様に思われ、身の衰えも忘れて元気づきました。けれど一寸動こうとするだけで付き添って下さった職員の手助けをもらったりシルバーカーに頼ったりする自分に戻ります。
昔の『忠魂碑』も彫り替えられて『悼みの塔』になっていました。二基に殖えて地域・学校と護り続けてくれることと思いました。新津小学校自慢の森(思い出深い森)も今は静かな憩いの森となって活躍してくれていました。

素敵な思い出(その二)
 平成二十八年十月二十一日、九十六歳の誕生日を記念して十八日に奥浜名湖遊覧をさせていただきました。前以て見聞きしていただいたお蔭で特別良い日に恵まれて楽しませていただきました。皆さんから「今日は楽しんできてね。」との言葉をいただいて出発しました。
職員の運転で知らなかった珍しい道路・景色に見とれながらの車中でした。他の職員には種々気遣っていただいて無事に遊覧船乗り場に着きました。
着いた途端、大草山の頂上から大きな鳥が一羽はばたいて空に上がりました。私達に「いらっしゃい。楽しんでね。」といって励ましてくれる様に思われました。
三十分コース遊覧というのにずっと長い見所があって、かっこいい山々・空の色・雲のさま 只々素敵と叫びたい気持ち、この景色に出迎えられて湖上を静かに進む船、向こう岸に見えるホテル「あそこに宿をとった。」「ここもとった。」と懐かしく思い出してしばしうっとり。ホテル九重の裏にある浮見堂が趣があって素敵でした。
 湖上にかかる東名高速道路の鉄橋が遠くから山の緑に映えた赤色が目立って絵のよう、橋上に車が走っていました。橋の近くに船が行くと鉄橋の造りに圧倒されました。ゆるやかな弧をえがいた橋の素敵だったこと、今も瞼に刻んでいます。有難うございました。

素敵な思い出(その三) 
 平成二十八年十月二十六日 パンフレットの写真を撮る事になりました。この婆の写真を撮って下さるとの事で車椅子に乗り、室外のあちこちを場所定めで動きました。最後に第二南風の屋上まで上る事になりましたが三階から屋上までは階段です。職員の身体を張っての助けでやっと上る事ができました。職員も無事で良かったです。
見晴らしの良いこと。四方が見渡せて心地よかったです。でも一瞬方角音痴になりました。ボヤッとしてしまいました。
さあ、写真撮影の始まりです。あちこち眼の付けどころ、さあニコッとしてと指示をいただくのですがニコッとしようとすると顔がゆがむ感じで写真屋さんもご苦労だったと思います。
どんなパンフレットができるでしょうか。ドキドキです。
こうしたことがあって、四十六年前(昭和四十五年十月)のことを思い出しました。新橋町の友人の結婚で仲人をつとめた時のことです。結婚式の始終をパンフレットにしたことがありました。これは浜松五社神社内の五宝閣結婚式場でのことでした。その頃、あちこちから五宝閣のパンフレットを見たよとの手紙やら電話やらをいただいたことも思い出です。
パンフレットが出来上がりました。理事長さんのご挨拶に胸がつまりました。皆さんの心に届いたことを感じました。

 長い年月の思い出と現在の私を下手な文でつづりました。相談員の方のご指導で書くことが出来ました。この度の事で使ってはならない言葉もいくつか知りました。人生って一つの新しいことに出会うとその度に新しい発見があります。相談員の方のお人柄にもふれて感謝の日々です。
 ここ南風にお世話になって十二年と一か月過ぎました。理事長さん、大勢の職員の皆様のお心遣いや介護・看護のお蔭様で日々を気楽に楽しく過ごさせて頂いています。心浅い私が悩む時もきっとどなたかに聴いていただき、胸が晴れ落ち着いた自分にかえります。有難いことです。見習うことの多い皆さんに出会えて此の上ない幸せです。

 社会でお世話になりました皆様
 職場でお世話になりました皆様
 成長なさった生徒さん
 家族 
 親戚の皆さん 
 そして友達

 本当に嬉しく楽しくお世話になりました。ありがとうございました。言葉不足で十分な御礼を申し上げられませんがどうぞお許しください。

  平成二十九年 二月大安吉日                 山村 富美子 

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