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2 「南風」を作った仲間たち

特別養護老人ホーム「南風」がスタートしたのは2003年4月のことでした。はたして私たちに施設運営ができるだろうかと関係者たちの気をもませ、たくさんの人びとのご支援を頂きながらのスタートでした。

オープンの1年前、それまでワン・マン・オフィスだった設立準備室には、私が直接声をかけた古くからの福祉の仲間や、その人たちが誘ってくれた新しい仲間がたくさん集まってきました。お互いによく知り合わないうちに、あちこちで熱い議論がはじまり、はたしてこの'南風丸'はどこへ行き着くのか、先が思いやられる船出でした。

準備室に集まった仲間はそれぞれが他の施設で働いていたので、みんなが一堂に会するのは休日か夜間でした。どの人も個性的で、一家言をもち、従来の施設のあり方に疑問を感じていました。理想と理想がぶつかりあい、誰もが自分の意見こそが正しいと信じていました。そのような場で、(責任者という立場上)もし私が「管理」とか「組織」とか「経営」などという言葉を持ち出せば、即座に冷たい視線が返ってくるのでした。資金の心配もさることながら、私はどうしたらこの人たちと良いチームを作っていけるだろうかと(祈る気持ちで)悩みつづけました。

あれから6年、いろいろなことを学びました。自他ともに認める「経営と数字」の音痴だった私は、準備室時代に経営に関する本を読みあさり、その後も(小説を読み映画を見る時間を犠牲にして)この経営という未知の世界を理解しようと膨大な数の本を読み比べました。

そのなかから学んだことは、経営の専門家といえども一人ひとりが違った考えを持っていること、流行の経営理論に振り回されてはいけないこと(専門家は責任をとってくれない)、もっとも大切なのは一緒に働いてくれる職員であること、ゆえに自分たちで考えて判断するのが最善であるということです。これは、ある意味では、専門書など読まなくても導き出せる単純明快な結論でした。

うれしいことに、準備室時代に集まってくれた人びとは今でも仲間として残っています。規模が小さくて、ささやかな活動しかできない「南風」が誇れることは、この仲間たちの存在です。昨今、世間には職員を「コスト」として切り捨てようとする風潮がありますが、私にとっては大切な宝物す。

「南風」には、もちろん職員や業務に関する組織図はありますが、堅苦しい上下関係はありません。ここには「管理」という名の「支配」は存在していません。また、多くの施設が取り入れている成果主義もありません。職員が喜ばないことはやらない方針だからです。成果主義は個々人の能力を高め、業績向上に結びつくと宣伝されていますが、それはどちらかと言えば都合よく職員とコストをカットするための仕組みで、結果として職員が不満をもち、組織が壊れていきます。職員の能力を比べて序列を作るよりも、一人ひとりのチームへの貢献を、そしてチーム全体の努力をこそ評価すべきなのです。私たちはチームで業務を行っています。チームのなかの人をバラバラに評価しても全体の力が高まるわけではありません。

最終的に私が行き着いた運営方針は、一人ひとりの職員の気持ちと働きを邪魔しないということです。どの職員も自分の考えをもっています。そして、どの人も他者のお世話が大好きです。だからこそ、この分野に飛び込んできたのです。放っておいても(邪魔をしなければ)、一生懸命に高齢者のケアに携わってくれます。その姿には頭が下がります。ですから、一人ひとりの意見をきちんと受けとめ、自由に行動できる環境を用意するだけで、みんなが最善を尽くしてくれるのです。

それでも私は、いつも職員に二つのことをお願いしています。第一は、高齢者が穏やかな気持ちでいられるようにしてほしい、あるいは高齢者を「その人らしく」させる職員になってほしいということです。私は、それができる職員とチームをつくり、いっしょに働きたいと思っています。逆に、つねに高齢者を困らせたり、つらい思いにさせる人は、私たちのチームに加わることができません。そういう人は、他者に関わるケアの仕事に向いていないのです(注:ケアとは他者を気づかうという意味です)。

第二に、もし職場の問題や高齢者の悩みに気づいたら、それを仲間といっしょに解決してほしいと願っています。たとえ失敗しても、それは問題ではありません。少なくとも、その人は努力したのです。新たに別の方法を考えて、ふたたび取り組めばよいだけの話です。いけないのは、職場の問題に気づいているのに、あるいは高齢者の悩みを知っているのに何もしようとしない人です。

職場で誰かがなにかを提案すると、ふだん周囲の人びとはこう言います ― 「なぜ、そんなことをしなければならないの?」「今まで通りでいいじゃない!」「あなた一人でやってみたら?」。こうしてその人は職場で孤立無援の状態に陥り、何も発言しないほうがいいと思うようになります。あるいは職場を去っていきます。その結果、施設は貴重な職員を失ってしまいます。ですから、失敗を恐れずに何かを実行しようとしている職員は、組織を上げて応援すべきなのです。

昨年末と新年度の初めに、行政の幹部の方々が「南風」を訪れてくれました。ここでの運営方法や職員教育について教えてほしいと言うのです。行政の方々は、「南風」がユニークな運営を行っていると考えているようでした。職員が明るく、自由に振舞っているようだと言っていました。ボランティア活動や地域住民との結びつきも評価してくれました。その人たちが帰ったあと、私が職員に感謝したのは当然です。この苦しかった5年間を仲間と共に耐え抜いてきて、本当によかったと思いました。

経営はきびしく、悩みは尽きなくても、大勢の職員がそれを埋め合わせてくれます。私たちの「南風」は、入居者、家族、地元の人びと、ボランティア、職員が等しく参加するケア・チームの形成をめざしています。そして、それぞれがお互いを必要としあい、それぞれがお互いを気づかいあうコミュニティを作りたいと考えています。

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