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2010 Apr 23
4 「南風」の応援団長 ― 夢を追いつづけるスコットさん
イギリスでは至極まっとうな人物だと自ら評しているが、スコットさんは私たちの目からするとまったく変わっている。一年中、黒のズボンとシャツでとおし、寒くなるとその上に黒のジャケットを羽織っている。毎週、浜松へ来るたびに一緒に立ち寄るファミリー・レストランでは、はじめて出会った3年前も、いまも、同じ野菜グラタンを美味しそうに食べつづけている。だから店員さんもわざわざメニューを尋ねたりしない。お店を変えることも、メニューを変えることも眼中にないようだ。なにごとも、いつも同じでないと自分らしさを失うとでも思っているのだろうか。それなのに、つねに口にする言葉は「社会も、私たち自身も、もっと変わっていかなければならない」なので、はたしてスコットさんは身辺の保守性と頭の中の進歩性をどう折り合わせているのか不思議になる。
スコットさんは、リタイアした人間は自由であるべきだと信じている。日本人だったら隠居する年なのに(そんなことを告げれば早口の英語でまくし立てられるので、私は何も言わない)、他人のやらない夢に挑戦しつづけている。その途中、たとえトラブルが起きても苦にすることがない(そう私には見える)。おどろくべき楽天。行き詰まったときは、きちんと別の手段を見つけ出す。あきらめとは無縁である。自分の活動は社会のためになるという揺るぎない信念が彼を支えている。
スコットさんは3か月ごとにイギリスと日本を行き来し、それぞれの国で『海を越えて手をつなぐ』というユニークなプロジェクトに取り組んでいる(彼はこうした刷新的活動によって、北西イングランドのボランティア・チャンピオンになった)。
日本滞在中は毎週「南風」を訪れて、デイサービスのお年寄りと「アート・セッション」を行っている。セッションとは、人びとが集まって共に活動するという意味だそうだ。わが国では「アート・セラピー(絵画療法)」という言葉のほうが有名だが、スコットさんに言わせれば「セラピー」には治療者と患者の関係を臭わすものがあり、人と人との自由な交流をめざす彼にとっては受け入れられない言葉である。またスコットさんは世代間交流活動をめざしているので、彼のアート・セッションには様々な世代の近隣の人びとも参加し、障害や世代を超えた交流の輪が広がっている。
「南風」のお年寄りがこのアート・セッションで描いた絵画は、3か月ごとに海を渡ってイギリスへ届けられる。逆に、イギリスの子どもやお年寄りや障害者の絵が、スコットさんを経由して「南風」へ届くことになる。
スコットさんは、数年前、日英アート・コンペティションで優勝したアーティストである。若い頃は、家具のデザイン会社を設立したり、学校で教えていた。もっと若い頃は、ラリー・ドライバーやドラマーだったと言う。私たちには想像もつかない職歴の持ち主である。「南風」のイベントでは、ドラムの代わりにダンボール箱を両手でたたき、ついでに片足でタンバリンを踏み鳴らして会場を盛り上げてくれる。
退職後、スコットさんは地元の医療トラスト(国からの委託で病院を運営する組織)にかかわり、市民を代表する理事として医療改革に取り組んできた。イギリスでは、しばらく前から、病院運営には患者や市民の声をきちんと反映しなければならなくなったそうだ。さらに彼は、会う人ごとに「ソーシャル・インクルージョン」の大切さを訴えている。これは、どんな人でも社会から排除されることがないという、いまイギリスが国をあげて取り組んでいる社会的運動である。
スコットさんはたびたび、「南風」では入居者にどんな「チョイス」が与えられているかと尋ねてくる。一人ひとりが「その人らしく」暮らすためには「生活の選択」が必要だと言う。いつ起きるか、いつ寝るか、いつ食事をするか、いつ入浴するか、すべてにおいて一人ひとりの選択が認められているのかと、しつこく問うのである。さいわいにも「南風」はスコットさんの目に合格と映ったらしく、あちこちで私たちのことを宣伝してくれるので、いまでは応援団長のような存在である。
スコットさんの応援ぶりがどれほどかと言うと、2年半前にはイギリスから20名もの高校生と先生を、こんな地方都市にある「南風」まで連れてきてくれた。そして1年前には、「日本の高齢者施設における労働の実態」を研究しているオクスフォード大学の女学生まで引っ張ってきたのである。「南風」にはスコットさんのバイタリティに太刀打ちできる職員はいない(おそらくイギリスにだっていないだろう)。みんな、あ然として彼の活動をながめ、つぎに何が起こるのだろうかといくらか心配になっている。Thanks, Scott-san!

