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8 職員は満足しないかぎり職場を去っていく

高齢者ケア施設の経営者たちは、ふだん職員に向かって、これから大切なことは「入居者のサービス向上」や「入居者の満足」であると訴えます。施設間のサービス競争に負けないためです。競争に負ければ生き残れないと不安になっています。経営者たちは良いサービスこそが施設の命であると思っています。それはそれで素晴らしいことなのですが、そうした良いサービスを提供してくれるはずの職員の満足にはなぜか無頓着です(少なくとも、今まではそうでした)。職員が人手不足や忙しさを理由に言い訳をすれば、やる気が足りない、知恵を出せと、あからさまにイライラを顔に出します。ゆえに、多くの職員は、「私たちだけが経営者の見得のために犠牲になっている」と嘆くことになるのです。

職員は、入居者のための努力は惜しまないが、なぜ経営者もいっしょに汗を流してくれないのかと不満なのです。(私も経営者のはしくれなので、ここで経営者を代弁して一言。「私だけがこんなに苦労しているのに、どうして誰もそれを分かってくれないのだろう」)

これまで、どれほど大勢の人びとが高い理想をもって高齢者施設へ飛び込んできたことか。そして、どれほど多くの人びとが挫折を味わって施設を去っていったことか。それなのに経営者たちは言います。「近頃の職員は我慢が足りない」「なにを考えているのか分からない」「お金のために、すぐに職場を移っていく」と。はたして、これは本当でしょうか。

かの有名なマクレガーのX理論Y理論を持ち出すまでもなく、経営者のこうした主張は真実からかけ離れていると言えるでしょう。職員は、我慢して頑張ることがいやだと言っているわけではありません。他の施設が格別にすばらしいと思っているわけでもありません。彼らは心から知りたいのです ― このままこの施設で頑張っていれば、いつか幸せを得られるのだろうか?

職員が職場を去っていく理由はさまざまです。いまマスコミで職員の低賃金が問題視されているように、給料も大切な要因です。しかし、もっと直接的で切羽詰まった退職理由は、「職場にいやな人がいる」「職場の上司の顔を見たくない」でしょう。こうした状況に置かれた職員は、一日も早く職場から去ることを考えます。

もう少し長期的な理由としては、「うちの施設には理念がない」「うちの施設はみんなバラバラで、何かを改善しようとする姿勢がない」などが挙げられます。このような施設の職員には、いくら長く勤めても明るい展望が見えてきません。自分がそこに関わる意味が感じられなくなっていきます。こうして、その職員は、いつかチャンスがあったら職場を変わりたいと思いはじめます。

なぜ経営者は入居者のためのサービス向上だけを言い、職員の幸せについて言及しないのでしょうか。たしかに職場には目指すべき目標が必要です。みんなを鼓舞する理念がなければなりません。また、職場には、部下をいじめる上司がいてはいけません。しかしそれ以上に、職場には、職員を幸せにするシステムが存在しなければなりません。仕事に幸せを感じられない職員が入居者を幸せにすることなどあり得ません。サービスの向上を考えるのなら、同時に、サービスの提供をとおして職員が向上し、満足するシステムを構築する必要があるのです。

どの施設も、より良いサービスを提供することや、入居者の満足を追及することを理念としてかかげ、それを壁に飾っています。しかし、その陰で職員が泣いています。(こうした姿は経営者の目には入りません。なぜなら、自分の施設に限ってそんなことはあり得ないと、目をつぶっていたいからです)。私たちは、少なくとも入居者の満足と同程度に職員の満足を追及しなければなりません。とりわけ「南風」のような小さな施設にとって、職員がどう感じているかは致命的です。職員との信頼関係が揺らげば、いろいろな意味で立ち行かなくなります。大切なことは、祈るほどの気持ちで職員一人ひとりの幸せを考えることです。

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