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モネとハナのこと

                                           河村靖子(朗読ボランティア)

  
  田園風景の真中にその老人病院はあった。朗読ボランティアとして、病院のデイケアで毎月一回の時間を過ごして二年が経った。

  朗読を始めて二ヶ月が過ぎた頃、一匹の大型犬がゆさゆさと体を揺さぶりながら姿を見せた。犬はモネと呼ばれ病院で飼われていた。一階のフロアをいつもゆっくり自在に歩いているか、遠くを見ながら前足を立て座っていた。職員や利用者の老人達に「モネ、モネモネ」と呼ばれると、フゥーと振り向いたり、近づいて横に座ったりする。老人達も恐る恐る手を差し出したり、声にならない声で呼び寄せたりするが、近寄ったり遠ざかったりモネはとにかく自在に動いていた。

  ある日、いつものように病院に行くと玄関に犬が二匹いる。あれっと思って見る。目が合った途端、小さな犬が逃げた。こげ茶や灰色の毛で覆われたその犬はヨークシャーテリア、丸い目と鼻がちんまりして実に可愛い。モネの新しい仲間らしい。しかし、ハナと名づけられた彼女は、声を掛けられる度に逃げる。いつも遠くの方で様子を覗い、人に抱かれるのも嫌がるそうだ。聞けば長い間虐待にあっていたらしい。すっかり人間を怖がってしまっている。餌を見せても二、三歩近づいてはまた遠ざかってしまう。いつもいつもモネの側にくっついて歩いている。

  朗読の最中に二匹が部屋に入って来ることがある。本を読んでいる私の足元までモネは近づいてくる。しかしハナは違った。ハナはいつまでも人間を恐れるハナのままだった。余程の体験があったのだろうとの周囲の配慮の中、モネもハナも
「体重が増えています。食べ物はあげないで下さい」
の張り紙の下を歩いたり座ったりしていた。

  その後、三ヶ月ほど経った朗読の日、思いがけなくハナだけが部屋に入って来た。椅子に座っていた老人達がざわめき、「ハナ、ハナ」と手を出すと、後ずさりしたり立ち止まったり、いつもの様に一定の距離を保ちながら部屋の中を歩いている。本を読み進めていた私もハナが気にかかって仕方がない。読みながら目が合うと笑ってしまったり、足元にハナの毛の気配がしようものなら体中が熱くなって読む声が震えてしまうほどだった。ハナはしばらく部屋の空気を波立たせた後に出て行った。

  帰りの電車の中、ハナを感じ取った足元にほんのりした暖かさが続いていた。モネとハナのコンビが病院の陽だまりとしての役目を果たすようになって一年くらい後、モネが死んだ。

  保健所に連れて行かれる寸前で病院の犬になった経緯は詳しくは知らないが、生まれて何年を生きたのか、とにかくあまり幸せな生活を送ってこなかったのは確かであろう。しかし、デイケアで私が見た一年あまりのモネは不幸ではなかった。

  歩く姿も座る姿も、モネはいつも哲学者の雰囲気を漂わせていた。これまでのわが身への数々の理不尽を全身で呑み込みながらモネは病院のスタッフや老人達を受け入れた。「モネにはストレスが大きかったのでは」という人も居る。そうかもしれない。でもこれだけは言える。モネの誇りにかけて言える。モネは自分の終わりを、自分の持っていた愛の総てを使って飾ったのだと。

  昨今、老人や病院への動物による癒しの効果が話題になっているが、効果というならばそれらは常に相互作用。お互いの間に流れる効果だと思う。空気が、気配が、配慮が流れて「癒し」という姿に変わるのだろう。

  モネとハナという二匹の犬達がしみじみとそれを教えてくれた。

                                           河村靖子(朗読ボランティア)
  
   

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