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2010 Apr 06

6 本の紹介: 『この気もち 伝えたい』

いま、私の手元に、伊藤守著『この気もち、伝えたい』(出版社:ディスカヴァー)という小さな本があります。書店の児童コーナーに並べられていても違和感のないような装丁で、表紙に赤いボールを抱えた子どもが描かれているかわいい本です。ページをめくると、一頁一頁に、私たちの普段のコミュニケーションをイメージしたかのような、子どもたちがボールを投げあっている絵があり、そのとなりに数行の短い文章が添えられています。

たったそれだけなのに、この本はとても大切なことを教えてくれます。分厚いコミュニケーションの専門書を読んでも頭に入らなかったことが、無邪気な子どもたちがキャッチボールをしている絵と、詩のような簡潔な文章を味わうだけで理解できてきます。まるで私たちと著者がすてきなコミュニケーションを楽しんでいるかのように、一つひとつの言葉がすとんと心のなかに落ちてきます。

ふだん私たちは他の人びとと心を通わせたいと思っています。それなのに、コミュニケーションをとおして苦さばかりを味わいつづけています。だから、人と接するのはもうこりごりだと思っています。この本は、そんな私たちに勇気と希望を与えてくれます。

ずっと以前、私はたまたまこの本を読んで感動し、その後、誰かに貸し出したまま忘れてしまっていました。そして最近、南風の職員がコミュニケーションについて勉強したいと言ってきたとき、とっさにこの本を思い出し、みんなに読んでもらいました。すると職員の多くが、いままで自分が何に悩んでいたのかはっきり分かったと感想を述べてくれたのです。この80頁足らずの'絵本'によって、コミュニケーションは難しいものだと決め込んでいた職員たちが自分自身を再発見していったのです。

著者は、コミュニケーションはキャッチボールだと言っています(以下は同書からの引用)。

   コミュニケーションが
   いっしょにはじめるものであるというのは、
   幻想です。
   はじめるのは、
   いつも、どちらか一方。
   あなたがボールを投げることからはじまります。

   でも、
   じぶんから投げるより、
   むこうからくるのを待っていたい。
   なぜって、
   じぶんから投げて、
   無視されると、悲しいから ・・・

著者は書いています ― 「自分からボールを投げるには勇気がいります。拒絶されるかもしれないし、ボールを他の人に渡されてしまうこともあります・・・それでも、よーく聴いて、相手の言いたいことをそのまんまに理解すること。それが'受け入れ'です・・・そして'受け入れ'があれば、違う考え、違う趣味、違う感じ方をもっていたとしても、いっしょにいれます」

著者の言葉を借りれば、私たちの誰もが「この気もち、伝えたい」と思っています。また誰もが、「きみの気もち、聞いてみたい」と思っています。そして、それがコミュニケーションのはじまりなのです。

このように、この本にはコミュニケーションの基本が書かれています。他の専門書とは多少語り口が違っていますが、無駄のないシンプルな文章で語られる大切なポイントが、頭ではなく、私たちの心に沁みてきます。もしみなさまが職場の人間関係で悩んでいらっしゃるのでしたら、まずあなた自身がこの本を手にとり、つぎに仲間に読んでもらうことをお勧めします。自分自身と仲間に対して、きっとやさしい気持ちになれるでしょう。

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2010 Apr 06

5 お返しができなければつらくなる

私たちの社会には、人にものを贈ったり、人からものを貰(もら)うという慣習があります。その代表はお中元とお歳暮です。なかには「無駄だから止めましょう」と反対する声も聞こえるが、まわりを見ても止める気配がありません。それもそのはず、贈り物は経済に貢献しているだけでなく、それによって私たちは微妙に他人との付き合いのバランスをとっているからです。他人との関係のなかで暮らしているかぎり、止めることは不可能です。人からものを貰って返礼しなかったら、なんて言われるかわかりません。「変な人だ」と思われるのは軽いほうで、「風上にも置けない」とまで睨まれたら生きていくのがつらくなります。

このように贈り物には魔性が潜んでいます。ものを貰うと気持ちが委縮し、返すまで落ち着きません。ものを貰うと相手よりも自分の立場が下がったような気がするので、早く返して対等の人間関係をとり戻そうとする心理が働くのです。

お正月に、思いがけず、職場の同僚からたった一枚の年賀状(値段は50円)を貰っただけでも気分がふさいでしまいます。仕事始めまでに返事が届かなければ、言い訳を考えなければなりません ― 「昨日、スキーから戻ったら、あなたの年賀状が届いていたのでびっくりしたわ。申し訳ないけど、すぐに返事を書くので、二三日待ってください」と。

貰えば自分の立場が下がり、あげれば立場が上がります。いつも貰うだけの人は人間関係が切れていきます。それが許されるのは子どもだけです。だから子どもはお年玉を貰っても返しません。しかし大人は返さなければなりません。どうやら私たちはこんな掟のなかで暮らしているようです。

高齢者施設だって一つの社会です。世の中にあることは、ここにもすべてあります ― おそらく、もっと凝縮したかたちで。

日ごろ、施設の入居者たちはものを受けとる立場にいます。ここで言うものとは、食事介助、入浴、トイレ、散歩、言葉かけなど、職員が提供するサービスのことです。

だから入居者たちはつねに感謝します。「こんなに親切にしてもらって申し訳ない」と。なかには両手を合わせる人もいます。だからといって職員が偉いわけではありません。彼らは、ある意味では、つらいと言っているのです。いまのお年寄りは、他人の恩に報いることを教えられてきた世代です。ゆえに、感謝の気持ちを表すために(その申し訳なさを解消するために)彼らはお礼を考えます。

家族が面会に来てくれたとき、一人のお年寄りが、「いつも親切にしてもらっている職員にあげたいから」と、駅前の百貨店でおいしいお菓子を買ってきてほしいと依頼します。もちろん家族も同じ思いだから、すぐに買ってきます。そして一緒に職員のところへ持っていきます。「これ、みなさんで食べてください。いつも親切にしていただいているお礼です。」すると職員は、(本当は素直に貰ってあげたい気持ちもあるのだが)規則に反するからと断ってしまいます。貰えば上司から叱責されるのが目に見えているからです。押し問答のすえ、家族はそのお菓子を持ち帰ることになります。そして「こまったねえ。どうしたらいいのかしら」と更につらい気持になっていきます。ことの善し悪しは別にして、このやり取りは入居者や家族にとって、ある種のいじめと同じです。

   [余談ですが、ある施設の職員からこんな話を聞いたことがあります。お菓子を持参した
    家族が職員から受け取りを拒否され、困りはてた末に、「それじゃあ、ごみ箱にでも捨て
    てください」と菓子箱をカウンターに置き去りにしたところ、翌日、その家族のところに宅
    急便で菓子箱が送り返されてきたそうです。]

拒否されても、その人は職員にお返しをしたいという思いで一杯になっています。だから、何か別の方法を考えなければと知恵をしぼります。そして思いつきます ― となりにいる車椅子の人を助けてあげれば、少しは忙しい職員の役に立つかもしれないと。こうしてその人は、おぼつかない足で仲間の入居者の車椅子を押してあげます。それなのに、それを見つけた職員から、「だれがそんなことを頼んだのですか。転んだら私たちの責任よ。余計なことをしないでね。静かにしていてくれるのが一番だから」と、またしても冷たい言葉が返ってきます。どうしたらいいのだろう。いつも親切にしていただいている申し訳なさをお返ししたいだけなのに。

じつは入居者たちは職員にお返しをしているのですが、それが両者の目には見えません。入居者たちは介護保険料を払いつづけています。そのお金は国を経由して施設へ入り、そして給料のかたちで職員へ渡されます。毎月の施設利用料だって同じ仕組みです。彼らが支払ったお金が最終的には職員の手元に届いているにもかかわらず、職員も入居者もそれがわかりません。

もっと直接的なかたちで入居者から職員へお金が渡っていけば、入居者の気持ちも違ってくるでしょう。たとえば施設利用料の1割自己負担分を、「はい、この千円は入浴介助のお礼です」「はい、この五百円は食事介助のお礼です」と、サービスを受けるたびにじかに職員に手渡せば、その人の申し訳なさも和らいでいくかもしれません。

なにはともあれ、みんなが施設で心安らかに暮らすためには、入居者たちのお礼の気持ちを受け取ってあげることが大切です。もっとも良い方法は、お菓子に代わる別の方法でお返しできる機会を作ってあげることです。それが役割の提供なのです。

役割には、食事づくりに参加するなどの生活上の具体的なものもあるでしょう。あるいは、寝ているだけの人であっても、「あなたがいてくれるだけで、みんな励まされているのよ」という見えない役割もあるでしょう。豪華な外観と設備をそなえた施設が立派なのではありません。職員と入居者の間で上手にお返ししあえる循環システムを作り上げた施設こそが立派なのです。

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2010 Apr 06

4 「南風」の応援団長 ― 夢を追いつづけるスコットさん

イギリスでは至極まっとうな人物だと自ら評しているが、スコットさんは私たちの目からするとまったく変わっている。一年中、黒のズボンとシャツでとおし、寒くなるとその上に黒のジャケットを羽織っている。毎週、浜松へ来るたびに一緒に立ち寄るファミリー・レストランでは、はじめて出会った3年前も、いまも、同じ野菜グラタンを美味しそうに食べつづけている。だから店員さんもわざわざメニューを尋ねたりしない。お店を変えることも、メニューを変えることも眼中にないようだ。なにごとも、いつも同じでないと自分らしさを失うとでも思っているのだろうか。それなのに、つねに口にする言葉は「社会も、私たち自身も、もっと変わっていかなければならない」なので、はたしてスコットさんは身辺の保守性と頭の中の進歩性をどう折り合わせているのか不思議になる。

スコットさんは、リタイアした人間は自由であるべきだと信じている。日本人だったら隠居する年なのに(そんなことを告げれば早口の英語でまくし立てられるので、私は何も言わない)、他人のやらない夢に挑戦しつづけている。その途中、たとえトラブルが起きても苦にすることがない(そう私には見える)。おどろくべき楽天。行き詰まったときは、きちんと別の手段を見つけ出す。あきらめとは無縁である。自分の活動は社会のためになるという揺るぎない信念が彼を支えている。

スコットさんは3か月ごとにイギリスと日本を行き来し、それぞれの国で『海を越えて手をつなぐ』というユニークなプロジェクトに取り組んでいる(彼はこうした刷新的活動によって、北西イングランドのボランティア・チャンピオンになった)。

日本滞在中は毎週「南風」を訪れて、デイサービスのお年寄りと「アート・セッション」を行っている。セッションとは、人びとが集まって共に活動するという意味だそうだ。わが国では「アート・セラピー(絵画療法)」という言葉のほうが有名だが、スコットさんに言わせれば「セラピー」には治療者と患者の関係を臭わすものがあり、人と人との自由な交流をめざす彼にとっては受け入れられない言葉である。またスコットさんは世代間交流活動をめざしているので、彼のアート・セッションには様々な世代の近隣の人びとも参加し、障害や世代を超えた交流の輪が広がっている。

「南風」のお年寄りがこのアート・セッションで描いた絵画は、3か月ごとに海を渡ってイギリスへ届けられる。逆に、イギリスの子どもやお年寄りや障害者の絵が、スコットさんを経由して「南風」へ届くことになる。

スコットさんは、数年前、日英アート・コンペティションで優勝したアーティストである。若い頃は、家具のデザイン会社を設立したり、学校で教えていた。もっと若い頃は、ラリー・ドライバーやドラマーだったと言う。私たちには想像もつかない職歴の持ち主である。「南風」のイベントでは、ドラムの代わりにダンボール箱を両手でたたき、ついでに片足でタンバリンを踏み鳴らして会場を盛り上げてくれる。

退職後、スコットさんは地元の医療トラスト(国からの委託で病院を運営する組織)にかかわり、市民を代表する理事として医療改革に取り組んできた。イギリスでは、しばらく前から、病院運営には患者や市民の声をきちんと反映しなければならなくなったそうだ。さらに彼は、会う人ごとに「ソーシャル・インクルージョン」の大切さを訴えている。これは、どんな人でも社会から排除されることがないという、いまイギリスが国をあげて取り組んでいる社会的運動である。

スコットさんはたびたび、「南風」では入居者にどんな「チョイス」が与えられているかと尋ねてくる。一人ひとりが「その人らしく」暮らすためには「生活の選択」が必要だと言う。いつ起きるか、いつ寝るか、いつ食事をするか、いつ入浴するか、すべてにおいて一人ひとりの選択が認められているのかと、しつこく問うのである。さいわいにも「南風」はスコットさんの目に合格と映ったらしく、あちこちで私たちのことを宣伝してくれるので、いまでは応援団長のような存在である。

スコットさんの応援ぶりがどれほどかと言うと、2年半前にはイギリスから20名もの高校生と先生を、こんな地方都市にある「南風」まで連れてきてくれた。そして1年前には、「日本の高齢者施設における労働の実態」を研究しているオクスフォード大学の女学生まで引っ張ってきたのである。「南風」にはスコットさんのバイタリティに太刀打ちできる職員はいない(おそらくイギリスにだっていないだろう)。みんな、あ然として彼の活動をながめ、つぎに何が起こるのだろうかといくらか心配になっている。Thanks, Scott-san!

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2010 Apr 06

3 なじみの品物が手元にないと

施設で暮らすお年寄りにとって、所持品の持ち込みは非常に重要です。日頃なじんでいた品物が手元にあるだけで安心します。そうした品物が身近になければ、そのことばかり気にします。大切なものが見えないと、さみしくなったり、盗られたと心配になったり、家へ帰ると言い続けたり、さらに自分らしさが失せてしまいます。

ところが多くの施設には施設特有のルールがあって、できるかぎり所持品の持ち込みを制限しようとします。お年寄りが家族に伴われて入居のためにやって来たとき、最初に行われる手続き(儀式)が所持品のチェックです。その席では、施設での生活に必要な最低限の持ち物だけが選別されます。残りの品物は、収納場所がないからとか、ベッドのまわりが乱雑になるからとか、邪魔になるからとか、大切なものを失くすと困るからという理由で、家族が持ち帰ることになります。お年寄りにとって大切な品物は、かならずしも職員の目には大切なものとして映りません。亡くなった夫が遺していった(形見の)夫婦茶碗を持ち込んだお年寄りは、理不尽な説得の末に、それを取り上げられてしまいます。その人はもう、夫といっしょにお茶を楽しむことができません。

元気なころの社会的活躍をしめすトロフィーや賞状なども、職員にとっては無用の長物です。なぜなら、過去の栄光は施設内の人間関係の邪魔になるからです。いつもそれを見せつけられて、自慢ばかりされていたらたまりません。こうして入居者たちは過去の自分を証明する証拠品を手元から取り上げられていくのです。かりに、その人が、かつて社会的に立派な人物であったとしても、それを立証するものがないわけですから、その人の主張は根拠のない自慢話にしか聞こえません。こうして入居者たちは所持品だけでなく社会性までも奪われていきます。これは、入居後延々と続いていく入居者教育の第一歩なのです。

では、施設はこうした入居者教育(所持品の制限もその一つ)をとおして何をしようとしているのでしょうか。施設の職員が望む入居者像とは、みんな一律で、なるべく個性や自己主張を外に出さない入居者たちです。そのほうが仕事しやすいからです。みんなが個性豊かで、バラバラであったら、援助の方法も個別的にならざるをえません。それはいやなのです。施設のなかでは問題を起こすお年寄りに向かって、「あなたも他の人と同じようにしてくれないと困ります」という職員の声がよく聞かれます。このようなことが繰り返されると、いつか入居者たちは自分らしさをあきらめて、平均化していきます。この平均化してしまった姿こそ ― 職員の立場からすると ― 入居者たちが施設生活に適合した証しなのです。

入居者たちは、それまで馴染んでいた品物が手元にあることによって安心し、周囲に自分らしさを示すことができます。所持品にはこんなにも大切な意味が込められています。ですから、スペースに余裕のあるかぎり所持品の持ち込みを認めてあげる必要があります。家族にも所持品の持ち込みを奨励しなければなりません。居室にナイト・キャップが置いてあっても構わないじゃないですか。ひとり暮らしをしていたお年寄りが施設へ移るときに最も手放したくないのは、亡くなった配偶者の写真や位牌なのかもしれません。毎朝、その人が、その写真の前にご飯を供えている光景を思い浮かべてみましょう。亡くなったご主人に手を合わせ、新たな一日の無事を祈っている姿が想像できますか?

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2010 Apr 06

2 「南風」を作った仲間たち

特別養護老人ホーム「南風」がスタートしたのは2003年4月のことでした。はたして私たちに施設運営ができるだろうかと関係者たちの気をもませ、たくさんの人びとのご支援を頂きながらのスタートでした。

オープンの1年前、それまでワン・マン・オフィスだった設立準備室には、私が直接声をかけた古くからの福祉の仲間や、その人たちが誘ってくれた新しい仲間がたくさん集まってきました。お互いによく知り合わないうちに、あちこちで熱い議論がはじまり、はたしてこの'南風丸'はどこへ行き着くのか、先が思いやられる船出でした。

準備室に集まった仲間はそれぞれが他の施設で働いていたので、みんなが一堂に会するのは休日か夜間でした。どの人も個性的で、一家言をもち、従来の施設のあり方に疑問を感じていました。理想と理想がぶつかりあい、誰もが自分の意見こそが正しいと信じていました。そのような場で、(責任者という立場上)もし私が「管理」とか「組織」とか「経営」などという言葉を持ち出せば、即座に冷たい視線が返ってくるのでした。資金の心配もさることながら、私はどうしたらこの人たちと良いチームを作っていけるだろうかと(祈る気持ちで)悩みつづけました。

あれから6年、いろいろなことを学びました。自他ともに認める「経営と数字」の音痴だった私は、準備室時代に経営に関する本を読みあさり、その後も(小説を読み映画を見る時間を犠牲にして)この経営という未知の世界を理解しようと膨大な数の本を読み比べました。

そのなかから学んだことは、経営の専門家といえども一人ひとりが違った考えを持っていること、流行の経営理論に振り回されてはいけないこと(専門家は責任をとってくれない)、もっとも大切なのは一緒に働いてくれる職員であること、ゆえに自分たちで考えて判断するのが最善であるということです。これは、ある意味では、専門書など読まなくても導き出せる単純明快な結論でした。

うれしいことに、準備室時代に集まってくれた人びとは今でも仲間として残っています。規模が小さくて、ささやかな活動しかできない「南風」が誇れることは、この仲間たちの存在です。昨今、世間には職員を「コスト」として切り捨てようとする風潮がありますが、私にとっては大切な宝物す。

「南風」には、もちろん職員や業務に関する組織図はありますが、堅苦しい上下関係はありません。ここには「管理」という名の「支配」は存在していません。また、多くの施設が取り入れている成果主義もありません。職員が喜ばないことはやらない方針だからです。成果主義は個々人の能力を高め、業績向上に結びつくと宣伝されていますが、それはどちらかと言えば都合よく職員とコストをカットするための仕組みで、結果として職員が不満をもち、組織が壊れていきます。職員の能力を比べて序列を作るよりも、一人ひとりのチームへの貢献を、そしてチーム全体の努力をこそ評価すべきなのです。私たちはチームで業務を行っています。チームのなかの人をバラバラに評価しても全体の力が高まるわけではありません。

最終的に私が行き着いた運営方針は、一人ひとりの職員の気持ちと働きを邪魔しないということです。どの職員も自分の考えをもっています。そして、どの人も他者のお世話が大好きです。だからこそ、この分野に飛び込んできたのです。放っておいても(邪魔をしなければ)、一生懸命に高齢者のケアに携わってくれます。その姿には頭が下がります。ですから、一人ひとりの意見をきちんと受けとめ、自由に行動できる環境を用意するだけで、みんなが最善を尽くしてくれるのです。

それでも私は、いつも職員に二つのことをお願いしています。第一は、高齢者が穏やかな気持ちでいられるようにしてほしい、あるいは高齢者を「その人らしく」させる職員になってほしいということです。私は、それができる職員とチームをつくり、いっしょに働きたいと思っています。逆に、つねに高齢者を困らせたり、つらい思いにさせる人は、私たちのチームに加わることができません。そういう人は、他者に関わるケアの仕事に向いていないのです(注:ケアとは他者を気づかうという意味です)。

第二に、もし職場の問題や高齢者の悩みに気づいたら、それを仲間といっしょに解決してほしいと願っています。たとえ失敗しても、それは問題ではありません。少なくとも、その人は努力したのです。新たに別の方法を考えて、ふたたび取り組めばよいだけの話です。いけないのは、職場の問題に気づいているのに、あるいは高齢者の悩みを知っているのに何もしようとしない人です。

職場で誰かがなにかを提案すると、ふだん周囲の人びとはこう言います ― 「なぜ、そんなことをしなければならないの?」「今まで通りでいいじゃない!」「あなた一人でやってみたら?」。こうしてその人は職場で孤立無援の状態に陥り、何も発言しないほうがいいと思うようになります。あるいは職場を去っていきます。その結果、施設は貴重な職員を失ってしまいます。ですから、失敗を恐れずに何かを実行しようとしている職員は、組織を上げて応援すべきなのです。

昨年末と新年度の初めに、行政の幹部の方々が「南風」を訪れてくれました。ここでの運営方法や職員教育について教えてほしいと言うのです。行政の方々は、「南風」がユニークな運営を行っていると考えているようでした。職員が明るく、自由に振舞っているようだと言っていました。ボランティア活動や地域住民との結びつきも評価してくれました。その人たちが帰ったあと、私が職員に感謝したのは当然です。この苦しかった5年間を仲間と共に耐え抜いてきて、本当によかったと思いました。

経営はきびしく、悩みは尽きなくても、大勢の職員がそれを埋め合わせてくれます。私たちの「南風」は、入居者、家族、地元の人びと、ボランティア、職員が等しく参加するケア・チームの形成をめざしています。そして、それぞれがお互いを必要としあい、それぞれがお互いを気づかいあうコミュニティを作りたいと考えています。

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