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2010 Apr 06
10 記憶していなければ答えられないことを質問してはいけない
ふだん面会に訪れるご家族の多くが、認知症の老親(入居者)にむかって同じような言葉をかけています。どのような言葉かというと、顔を合わせるなり、「わたしが誰だかわかる?」と尋ねるのです。そこで、以下のような会話を作ってみました。
例1: 施設で暮らしている認知症の母親と、毎日面会に訪れる娘の会話
娘「お母さん、面会に来ましたよ。わたしが誰だかわかる? 名前を言ってみて?」
母「 ... 」
娘「どうしたのよ。わたしの名前を言ってみて」
母「 ... 」
娘「忘れちゃったの? だめじゃない。自分の娘でしょう! わたしの名前は?」
母「 ... どうしてそんなことを聞くの? ... 」
娘「しっかりしてよ。忘れちゃダメでしょう! 思い出して言ってみて」
母「 ... いいじゃない、そんなこと ... 」
娘「 いいわけないでしょう! 自分の娘なのよ!」
母「 ... もういいよ。帰ってよ! ... 」
せっかくの面会なのに、母親も娘もイライラし、ケンカになってしまいます。なぜこうなるのでしょう?
例2: 施設で暮らしている認知症の母親と、毎日面会に訪れる娘の会話
娘「お母さん、面会に来ましたよ」
母「あー、お前じゃないか。久しぶりだねえ。長いこと来てくれないので、何かあったんじゃない
かと配していたんだよ」
娘「なに言ってるのよ。毎日ちゃんと面会に来ているじゃない!(ベッド横のカレンダーを指さし
て)カレンダーを見てごらん。昨日も、その前の日も、ちゃんと赤いマルがついているでしょ
う。わすれちゃったの?」
母「だって ... お前のことが心配だったもんで」
娘「他人(ひと)のことより、自分のことを心配したら」
母「 ... 」
娘「お母さん、しっかりしてよ。少しボケが進んだんじゃない?」
母「 ... もういいよ。帰ってよ! ... 」
こうして、楽しいはずの面会が台無しになってしまいます。おそらく娘さんは「もう二度と来るもんか」と穏やかならざる心境になっているでしょう。
小澤勲著『痴呆を生きるということ』(岩波新書)によると、認知症の人には中核症状としてのもの忘れがあり、それが私たちにとって不都合な、理解しにくい行動(周辺症状)を引き起こしていくそうです。ただし、もの忘れのある人のすべてがそうなるわけではなく、そうなるには相手をイライラさせてしまう私たちの接し方(ケアのあり方)が介在していると言うのです。
「例1」の母親には、もの忘れがあります。娘の名前を思い出すことができません。記憶から向け落ちてしまったのです。それなのに「名前を言いなさい」と強く要求されつづけます。母親としては、「ごめんなさい。あなたの名前、忘れちゃった」と正直に告げることができれば、おそらく気持ちもすっきりするでしょうが、それはできません。なぜなら、どこかで見覚えのある、せっかく来てくれた人に対してそんなことを言うのは失礼だと感じているからです。たとえもの忘れがあっても、認知症の人びとは私たちと同じ感情を保っています。それゆえ、追い詰められた苦しさのあまり、「もういいよ。頼むから、そんなことは聞かないでくれ」と訴えるのです。そうした苦しい気持ちを感じ取れずに(それは私たちの鈍感さを証明している)、もし私たちが質問責めを行うとしたら、最後にはイライラしてきて、「もう帰ってよ」と言わせてしまうことになるのです。
では、面会に来た娘さんは、どのように言葉をかけてあげたらいいのでしょう。「わたしの名前を言ってごらん」と質問するかわりに、もし娘さんが「わたし、娘の○子ですよ」と、まず自分から名のってあげたら、おそらく母親は「あー、○子じゃないか。よく来てくれたねえ。うれしいよ」と答えるにちがいありません。こうして楽しい面会がはじまっていきます。
「例2」はどうでしょう。母親が「お前が長いこと来てくれないので、何かあったんじゃないかと心配していたんだよ」と言ったとき、「お母さん、心配かけてごめんね。毎日ちゃんと来るからね」と答えたとしたら、おそらく母親は「ありがとう。お前だけが頼りだから」と続けるでしょう。こうして親子のきずなを確かめあう、すてきな面会がはじまっていくのです。
老親に認知症がはじまると、子供がその進み具合を心配するのは当然です。それで、いろいろ質問してみたくなるのです。しかしもの忘れがあるのですから、忘れてしまったことは答えられません。
質問するかわりに、こちらから、抜け落ちてしまった記憶をおぎなってあげるほうが良い援助につながります。「記憶していなければ答えられないことを質問してはいけない」 ― これはケアの鉄則なのです。あなただって答えられないことを質問されつづけたら、おそらく惨めな気持ちになっていくでしょう。
最後に、以前このコーナーで紹介した「The 36-Hour Day」(ジョンズ・ホプキンス大学出版)という家族介護者向けの本の一部を抜粋します。これは、もの忘れが進み、体力も衰えたため家で暮らせなくなった老婦人「メアリーの事例」です。
「(施設へ移ってからの)メアリーにとって最もうれしかったのは、家族が面会に来てくれることでした。メアリーは、たまには家族の名前を思い出すこともありましたが、たいていは思い出せませんでした。一週間前に訪問してくれたことも覚えていません。それで、ときどき、家族に見捨てられてしまったと愚痴を言っていました。そんなとき、家族は答えに窮しましたが、それでも彼女の弱った体に腕をまわし、手を握ってあげました。あるいは、黙ってそばに座り、ときには歌をうたってあげました。メアリーにとって有難かったことは、家族が、ついさっきメアリーが口にしたことや、先週面会に訪れたことを、むりやり思い出させようとしなかったことです。また、この人は誰、あの人は誰と、矢継ぎ早に彼女に質問を浴びせることもありませんでした。メアリーのなかでは、家族に抱きしめてもらったり、やさしく接してもらうときが最高の時間だったのです。」 (筆者訳)
2010 Apr 06
9 認知症の人びとについて教えてくれた4冊の本
ずっと昔、私が高齢者の医療福祉に関心をもちはじめたころ、認知症の人びとに対するケアという言葉を耳にすることはありませんでした。病院や施設の職員は認知症の人びとの「予期せぬ」行動に振りまわされ、戸惑うばかりでした。現場では「問題行動の抑制」が主な関心事で、そのため上手に身体拘束できる職員が羽振りをきかせ、逆に「手を縛ってごめんね」などと素直にあやまっている職員は隅に追いやられている状態でした。
はじめて訪れた「老人のための病院」では、床にゴザを敷いただけの、ものが一つもない大部屋の中に、カギ付きの「つなぎ服」を着せられたお年寄りが詰め込まれていました。それは「生活の匂い」とは無縁の、ただ収容管理だけを目的とした現代の「救貧院」でした。こうした社会から隔絶されたところに、家族でもない一般市民が足を踏み入れることはほとんどありませんでした。多くの人にとって、それは窺い知ることのできない(あるいは知りたくない)別世界だったのです。やむをえず面会に訪れたとしても、通路を歩くだけで体内に沁み入ってくる老いの無慈悲さに息を凝らしたことでしょう。
その後、病院や施設の数が増え、新たに「中間施設」が作られ、そして福祉先進国の情報が入るにつれて、認知症の人びとに対するケアのあり方も徐々に変化していきました。とはいっても、相変わらず「職員の都合」によるケアが業務の中心を占めていて、そこに少しずつ、専門性をよそおった様々なタイプのセラピーが導入されていきました。こうして認知症ケアは科学性を帯びていったのですが、職員が上から施すケアに変わりはありませんでした。
認知症の人びとと接するようになった当初、私はその異質とも思える世界に困惑していました。しかし、こちらの価値観を横に置いて接することができるようになると、次第にその不思議な世界に魅せられていきました。そして今、私は、彼ら(彼女たち)と共に時間を過ごせることを感謝しています。
認知症の人びとは私にとって「癒し人」です。いつも正直に私たちのことを見ています。ですから嘘がつけず、謙虚にならざるを得ません。自分のいい加減さを思い知らされると同時に、ほっとする安らぎを与えてくれます。そのような気持ちにさせられるのも、おそらく認知症の人びとが、もはや社会的地位や身分によって他者と付き合っているのではないからだと思います。彼らはひとりの人として、他者のなかに人を求めているのです。
これまで認知症に関する本をいろいろ読んできましたが、そのほとんどが「こんな場合にはこう接しましょう」というケアのノウハウを述べているだけでした。そして、そのマニュアルどおりに実行するだけで満足していたのです。しかし、いつも心の底には、本当にこれでいいのだろうか、相手はどう思ってくれるだろうかという不安な気持ちが存在していました。
そんなとき、認知症の人びとの気持ちを垣間見させ、もっとその人の立場に立った援助を教えてくれる本に出会いました。『The 36 Hour Day』というアメリカの本です(ジョンズ・ホプキンス大学出版)。それが従来の本と異なっていることに気づいた私は、なんとしても仲間に読んでほしくなり、辞書を頼りに第1章から訳しはじめ、みんなに配布し、(途中で挫折してしまいましたが)読書会を行いました。なんとも無謀な、なつかしい思い出です。そのときの仲間は、今でもみんな「南風」を応援してくれています。この本は今日にいたるまで版を重ね、非常に長期にわたって読みつがれているそうです。
私が特別養護老人ホーム「南風」をスタートさせたころ、オーストラリアの認知症の女性、クリスティーン・ボーデンの著書が日本でも出版されました。『私は誰になっていくの? ― アルツハイマー病者からみた世界』(クリエイツかもがわ)という題名のこの本は、はじめて当事者が書いた画期的な本で、強い衝撃を受けました。認知症と診断された女性が、認知症と共に生きるとはどういうことかを教えているのです。日ごろ私たちが行っている些細なことで ― 私たちはそれを正しい援助だと思っています ― 彼女たちが混乱し、傷ついていく様子が描かれています。認知症の人びとの気持ちに寄り添うことがいかに大切かなど、認知症と共に生きている人びとと'共に生きる'ことの意味を改めて認識させられました。なお続編の『私は私になっていく』では、認知症が進行しても内面の自己は残っていくと述べています。これも新しい発見でした。
クリスティーン・ボーデンの著書に出会ったころ、幸運にも、小澤勲著『痴呆を生きるということ』(岩波新書)という素晴らしい本とめぐり合いました。この本を読みながら、なぜか私は涙を抑えることができず、そして読み終わると心が洗われていました。不思議な魅力の本です。「南風」の職員にも勧めたところ、みんな強い感銘を受けたと言ってくれました。
トム・キットウッド著『認知症のパーソン・センタード・ケア ― 新しいケアの文化へ』は、しばらく前から認知症ケアの世界で注目されている本です。認知症ケアにおいて大切なことは「その人らしさ(Personhood)」を保つことだと教えています。そのためには、認知症の人びとに対する理解やケアのあり方を「古い文化(old culture)」から「新しい文化(new culture)」へ変えなければならないと訴えています。トム・キットウッドはこの新しい理念と方法を「パーソン・センタード・ケア」と名づけました。「その人を中心としたケア」という意味です。さまざまな分野の知識を網羅しているので、非常に内容の濃い本になっています。具体的な援助場面について述べた共著もあり、そちらのほうが読みやすいと思います。
最後に書籍ではありませんが、インターネット上のウェブサイトには認知症ケアに関する新しい動きを教えてくれるものがたくさんあります。カナダのアルツハイマー協会のウェブサイトには ― わが国や他の国々と同じように ― ずっと以前から、認知症と共に生きる人びとの生の声が掲載されています。そのなかで、認知症の人びとは自分たちのことを「はじめて希望を持つことができる世代」であると述べています。認知症の当事者たちがこう言えるのは、新しい薬が開発されていることと、地域ごとに彼らを支えるサポート・システムが存在しているからです。
もう一つ、これも書籍ではありませんが、インターネット上に「DASN International」というウェブサイトがあります。これは「Dementia Advocacy and Support Network」の略で、認知症の人びとが中心になって運営している「認知症の人びとのための擁護・支援ネットワーク」です。このウェブサイトには、認知症の人びとが自ら行ったスピーチや発言が掲載されています。最近、わが国でもこうした動きが見られるようになり、認知症と共に暮らしている人びとが自分たちの内面の世界を私たちに教えてくれています。いま、こうした当事者たちの意見を反映するかたちで、認知症の人びとに対する理解やケアのあり方が新しい時代を迎えようとしているのです。
2010 Apr 06
8 職員は満足しないかぎり職場を去っていく
高齢者ケア施設の経営者たちは、ふだん職員に向かって、これから大切なことは「入居者のサービス向上」や「入居者の満足」であると訴えます。施設間のサービス競争に負けないためです。競争に負ければ生き残れないと不安になっています。経営者たちは良いサービスこそが施設の命であると思っています。それはそれで素晴らしいことなのですが、そうした良いサービスを提供してくれるはずの職員の満足にはなぜか無頓着です(少なくとも、今まではそうでした)。職員が人手不足や忙しさを理由に言い訳をすれば、やる気が足りない、知恵を出せと、あからさまにイライラを顔に出します。ゆえに、多くの職員は、「私たちだけが経営者の見得のために犠牲になっている」と嘆くことになるのです。
職員は、入居者のための努力は惜しまないが、なぜ経営者もいっしょに汗を流してくれないのかと不満なのです。(私も経営者のはしくれなので、ここで経営者を代弁して一言。「私だけがこんなに苦労しているのに、どうして誰もそれを分かってくれないのだろう」)
これまで、どれほど大勢の人びとが高い理想をもって高齢者施設へ飛び込んできたことか。そして、どれほど多くの人びとが挫折を味わって施設を去っていったことか。それなのに経営者たちは言います。「近頃の職員は我慢が足りない」「なにを考えているのか分からない」「お金のために、すぐに職場を移っていく」と。はたして、これは本当でしょうか。
かの有名なマクレガーのX理論Y理論を持ち出すまでもなく、経営者のこうした主張は真実からかけ離れていると言えるでしょう。職員は、我慢して頑張ることがいやだと言っているわけではありません。他の施設が格別にすばらしいと思っているわけでもありません。彼らは心から知りたいのです ― このままこの施設で頑張っていれば、いつか幸せを得られるのだろうか?
職員が職場を去っていく理由はさまざまです。いまマスコミで職員の低賃金が問題視されているように、給料も大切な要因です。しかし、もっと直接的で切羽詰まった退職理由は、「職場にいやな人がいる」「職場の上司の顔を見たくない」でしょう。こうした状況に置かれた職員は、一日も早く職場から去ることを考えます。
もう少し長期的な理由としては、「うちの施設には理念がない」「うちの施設はみんなバラバラで、何かを改善しようとする姿勢がない」などが挙げられます。このような施設の職員には、いくら長く勤めても明るい展望が見えてきません。自分がそこに関わる意味が感じられなくなっていきます。こうして、その職員は、いつかチャンスがあったら職場を変わりたいと思いはじめます。
なぜ経営者は入居者のためのサービス向上だけを言い、職員の幸せについて言及しないのでしょうか。たしかに職場には目指すべき目標が必要です。みんなを鼓舞する理念がなければなりません。また、職場には、部下をいじめる上司がいてはいけません。しかしそれ以上に、職場には、職員を幸せにするシステムが存在しなければなりません。仕事に幸せを感じられない職員が入居者を幸せにすることなどあり得ません。サービスの向上を考えるのなら、同時に、サービスの提供をとおして職員が向上し、満足するシステムを構築する必要があるのです。
どの施設も、より良いサービスを提供することや、入居者の満足を追及することを理念としてかかげ、それを壁に飾っています。しかし、その陰で職員が泣いています。(こうした姿は経営者の目には入りません。なぜなら、自分の施設に限ってそんなことはあり得ないと、目をつぶっていたいからです)。私たちは、少なくとも入居者の満足と同程度に職員の満足を追及しなければなりません。とりわけ「南風」のような小さな施設にとって、職員がどう感じているかは致命的です。職員との信頼関係が揺らげば、いろいろな意味で立ち行かなくなります。大切なことは、祈るほどの気持ちで職員一人ひとりの幸せを考えることです。
2010 Apr 06
7 日英の絵画交流展
以前、このコーナーで、デイサービス・センター「南風」におけるイギリス人画家スコットさんのアート活動についてご紹介しました。私たちは3年前からスコットさんの協力を得て、デイサービスのお年寄りや地元の方々のために世代間交流をめざす絵画教室を開き、イギリスの子どもやお年寄りと作品を交換しあっています。
そうした経過のなかで、たまたま今年は日本とイギリスが通商条約を結んでから150年目にあたる記念の年なので、両国の絵画をいっしょに展示し、市民のみなさまに見てもらうことになりました。何事にも積極的なスコットさん曰く。「この絵画の交換は、普通の人々による草の根レベルのすばらしい国際交流だ。このような活動を長期にわたって続けている施設はどこにもない。せっかくなのでイギリス大使館とブリティッシュ・カウンシルに連絡し、150周年記念活動として申請しよう。」私たちはそんな仰々しいことはやめてほしいと頼みましたが、交渉の結果、思いがけず認められてしまいました。
それからあわてて会場探しがはじまりました。「南風」の近くにある南区役所に展示コーナーの借用を申し出ると、快く承諾していただいただけでなく、なんとお手伝いまでしていただきました。1階玄関横のホールにたくさんの大型パネルを並べ、150周年を記念して日英両国の絵画を150点展示しました。
オープン・セレモニーには副区長さんをはじめ区役所の方々、絵画製作者たち(南風のお年寄りのこと)、ボランティアの方々、そしてスコットさんと「南風」のスタッフが参加し、この日ばかりはお年寄りたちも晴れがましくアーティストの気分を味わっているようでした。加えて複数の新聞社の取材もあり、みんなの気分はさらに高揚していました。
一週間後、会場の片づけに出向いたとき、区役所の担当の方から「役所を訪れた大勢の人が見ていきましたよ。ぜひ来年もやりましょう」と言葉をかけていただきました。そのお褒めの言葉を「南風」のお年寄りに伝えると、「じゃあ、もっと絵がうまくなるように練習しなくちゃ」と言うのでした。そこで私は、「そんなに無理しなくてもいいですよ。みなさんの素朴さが評価されたのですから」と答えました。褒めたつもりでしたが、「じゃあ、下手でもいいっていうこと?」と反撃され、返す言葉がありませんでした。
じつは、「南風」の絵画教室は絵が上手になることを目的にしているのではありません。小学校卒業以来、何十年も絵から遠ざかっていたお年寄りたちが、絵を描くことをとおして仲間をつくり、そして(スコットさんの言い方によると)ハッピーな気分になることを目指しているのです。私たちの教室では、認知症のために意思表示も難しいような人が、カラフルな色で、思いがけないほど大胆な構図の絵を描いて、みんなをびっくりさせています。その人はみんなから拍手喝采を浴び、その時、その場でヒーローとなっていきます。これって、その人にとって貴重な体験だと思いません?
数日前、いまイギリスに滞在中のスコットさんからEメールが届きました。先日、彼が暮らしている町で、各地から2万2千人もの人が集まって「障害者の日」のイベントが開かれたそうです。いっしょに送られてきた写真を見ると、会場にはスコットさんの日英両国での絵画交流活動を紹介するコーナーが設けられていました。イギリスの人びとは「南風」のお年寄りが絵画に込めた思いを感じとってくれたでしょうか?
2010 Apr 06
南風の花壇
南風の花壇 河村靖子
手入れのゆきとどいた花壇に囲まれた建物
扉の中に足を踏み入れる
ロビーに飾られている花々が
壺の中から
籠の中から
コップの中から
訪れびとを迎えてくれる
歩を進めると
ふんわり漂うコーヒーの香り
近隣のボランティアの方が
抽れてくれる一杯からは
いつも温かな湯気が立ち上がっている
カップを手にした老人達
テーブルの上に笑顔が咲く
もうひとつの花壇
月に2回、南風で朗読をさせて頂いて2年を経ようとしています。最初に読ませて頂いた本は、宮沢憲治の『いちょうの実』と民話『遠州の七不思議』でした。
これまでに読んだ本は、名作、民話、エッセイ、落語、新聞記事等、範囲は多岐に渡っています。
部屋ではクスッと笑い声がもれたり、シーンと沁み渡ったり、大きくうなづいたり、読後話が弾むこともあり、聞いてくださっている利用者の方々とのふれあいの中で、佳い時間を過ごしております。
朗読の時間は、デイサービスの一日のプログラムの中での「静」の時間。本を読むことでことばが声になり、読み手と聴き手を結び、本の世界を共有していく時間が生まれ、各々の方はそれまでの自分の人生、生活の経験をふりかえったり、あれこれと思い出したり、よみがえらせたりします。
気持の通い合いが表情に表われ、生き生きした空気が生まれる時間でもあると思っています。
今日も体操が終って、ひとりふたりと朗読の部屋を訪れて下さいます。
部屋の中に扇形に並んだ椅子は指定席。車椅子も歩行車も一緒に聞いてくれているこの時間が、これからも穏やかな南風の空間であってほしいと願っております。

